2017-08-17

創業大正15年仲野整體(体)の歴史は、臨床(治療)の歴史です。


大正時代、「からだ」という漢字は「體」。
骨(ほね)に豊(ゆたか)と書きました。「豊(豐)には、形よく整う」という意味があります。先人は體(からだ)の軸にある骨格の重要性を知っていたのでしょう。
身体にとって大切な大黒柱は、背骨です。
背骨には、脳から全身に支持情報を伝えるための脳脊髄神経が通っています。
脳脊髄神経は、手足を動かすために筋肉を動かしたり、痛みを感じたりします。
それだけではなく
交感神経・副交感神経と言われる自律神経へも影響します。

そのため
姿勢が崩れることで神経を圧迫し、さまざまな不調を引き起こすことが分かっています。
胃腸の調子が悪くなることやイライラ、快眠できないことも。

本来の自分自身の体を
骨格から整え本来の機能を取り戻す。

漢字として
體→軆→躰→体
このような変化をしてきています。(漢字文化資料館様より)
「楽、簡単に」の変化から簡略されてしまった漢字の代表のようです。

しかし、その楽に快適に体も同じように使ってきたことこそが
現代の体調不良の原因だと、我々は考えています。

楽に考えずに使うことで問題を起こす。
整えて、しっかり手入れをしながら
本来の自分へ整體していく

だからこそ
骨が整い、そこに豊かに形良く筋肉が整う原点を意識するために
「からだ」をあえて旧漢字で使用しております。
楽で快適から、面倒がらず、自分の身体に感謝し丁寧に向き合っていく
それこそが健康への近道ではないかと考えております。

全ては、ご縁のあるあなたの
輝く未来のために。

我々は、大正15年から90年
本当の健康を目指し、日々精進しております。

仲野整體の歴史は、臨床(治療)の歴史です。
大正15年に三重県四日市市に創業してから、のべ180万人以上の患者さんを診てきました。(2013年4月現在)4代にわたること86年間。

この業界で他にはない歴史と実績こそが、今いただいている信頼感なのだと自負しています。
長い年月をかけて、毎日真摯に向き 合ってきた経験から、“1人1人にあわせ、より安全に、より早く” 結果を出す治療を行うことができます。

3代目弥和の子、兄弟4人ともが同じ道をすすみ、現在の拠点は、三重県四日市本院と東京青山、ニューヨークの3カ所となりました。
“屋号”は創業当時の“整体”のままですが、医療制度の時代変化にともない、1993年以降、鍼灸師、柔道整復師が行うようになりました。
現在は、民間資格がたくさんありますが、原則的に、国家資格保持者が、治療を行います。ただし、日本国内で法律化にはなっていない資格で、
米国等の国家資格者、カイロプラクティックドクター(Doctor of Chiropractic)やNATA ATC等は有資格としております。
仲野整體ニューヨーク開院に伴い、これまで伝承・改良し続けてきた技術と、
アメリカ最前線で行われるオリンピック選手の治療などを行う米国カイロプラクティックドクター(D.C)の
最新技術との融合により、さらに進んだ治療技術を提供することが可能になりました。

 

 

【業界への功績】
社団法人 全国療術師協会
中部 オステオパシー
社団法人 日本鍼灸師会
社団法人 三重県鍼灸師会
2代続けて、藍綬褒章(らんじゅほうしょう)を頂きました。

【その他業界への功績抜粋】
1950年 仲野弥太郎、全国療術師協会三重県本部創立 初代会長
1958年 仲野弥太郎、厚生大臣指定三重県療術師特例講習会 会長
1959年 仲野弥太郎、三重県衛生部長感謝状(環境衛生協力)
1960年 仲野弥太郎、遠藤青汁会東海支部設立 事業部長
1961年 仲野弥太郎、三重県鍼灸師会創立 監査 渉外部長
1962年 仲野弥太郎、中部オステオパシーアカデミー創立 副会長
1962年 仲野弥太郎、三重県鍼灸師会 副会長 渉外部長兼務
1969年 仲野弥太郎、中部オステオパシーアカデミー会長
1971年 仲野弥太郎、日加国際オステオパシーセミナー 学会会長
1973年 仲野弥太郎、日本中医学会団長として中華民国世界鍼灸学会出席
1974年 仲野弥太郎、第一回三重県日中友好青年の船にて日本鍼灸会訪中日中親善
1975年 仲野弥太郎、日本鍼灸師会 会長表彰 (会員指導育成に功労)
1976年 仲野弥太郎、三重県知事表彰 (環境衛生功労)
1979年 仲野弥太郎、ブラジル国よりシルバー勲章叙勲
(東洋医学鍼灸振興に協力)
1979年 仲野弥太郎、三重県訪伯親善使節団 出席
1980年 仲野弥太郎、厚生大臣表彰(国民健康生活発展向上の貢献により)
1981年 仲野弥太郎、三重県鍼灸師会 社団法人認可
1981年 仲野弥和、日本カイロプラクティック師会 常務理事 学術委員長
1982年 仲野弥太郎、社団法人 三重県鍼灸師会 相談役
1982年 仲野弥和、社団法人 三重県鍼灸師会 理事社団法人 三重県鍼灸師会
1986年 仲野弥和、四日市ロータリークラブ入会後、米山奨学会委員長、
プログラム委員長など歴任。 1987年 仲野弥太郎 藍綬褒章受章
(多年にわたる保健衛生の発展に寄与した功績)
1988年 仲野弥和、社団法人 三重県鍼灸師会 学術部長
1988年 仲野弥和、社団法人 全日本鍼灸師会三重地方会 学術部長
1989年 仲野弥和、三重県柔道整復師会 理事
1989年 仲野弥和、DCLC(DC連絡協議会)世話人
1990年 仲野弥和、DCLC(DC連絡協議会)副会長
1990年 仲野弥和、医学博士(三重大学医学部)乙第452号
1992年 仲野弥太郎逝去、享年76歳
1992年 仲野弥和、日本柔道整復・接骨医学界 認定医(第53-00175)
1994年 仲野弥和、財団法人 東洋医療研修試験財団 専門領域研修制度(スポーツ医学)
研修医委員長(平成8年8月迄) 1994年 仲野弥和、財団法人 全国療術研究財団評議員
1996年 仲野弥和、財団法人 東洋医療研修試験財団専門医療研修制度(老人医学)研修委員長
(平成9年3月迄)
1997年 仲野弥和、社団法人 三重県柔道整復師会 常務理事
1999年 仲野弥和、社会福祉法人 風薫会 理事
1999年 仲野弥和、財団法人 全国療術研究財団 日本療術学会 評議員
2001年 仲野弥和、三泗介護認定審査委員
2002年 仲野弥和、社団法人 三重県鍼灸師会 会長
2003年 仲野弥和、社団法人 日本鍼灸師会 常務理事広報局長
2003年 仲野弥和、知事表彰
2003年 仲野弥和、鈴鹿医療科学大学評議員
2003年 仲野整体本院改築。
2004年 仲野弥和、ユマニテク東洋医療学校 校長
2004年 仲野弥和、明治鍼灸大学医療技術短期大学 保健医療学部 柔道整復科 講師
2008年 仲野孝明、仲野整體東京青山開院
2008年 仲野弥和、藍綬褒章受章
2010年 仲野広倫、仲野整體NEWYORK開院

通常の「医療」などであれば、一時的に痛みを抑えることを第一に考えます。 仲野整體では、痛みの軽減など、目の前の痛みにだけフォーカスしません。
痛みを治すのは、当たり前です。

さらに、根本治療・根本改善を行い再発しない状態以上に。
想像を超えるあなたのパフォーマンスを発揮する使い方にむけて、日々の正しい身体の使い方を身に付けることを目的とします。
つまり、「健康でパフォーマンスが高い生活ができる習慣づくり」を目指します。
そもそもゴールと思われる「治す」ではなく、「変わる」ことを目的とします。

日常生活や仕事、スポーツや趣味で最大限の成果を出し続ける習慣を身に付け、
良い状態を維持する體メンテナンスとして、一度限りの人生を大切に生きたいあなたをサポートします。

仲野整體では、より早く治すために一つの治療法にこだわらず、常に最善、最新の治療法を学び、取り入れています。

先人からつちかった伝統的な治療法とこれまでの経験だけでなく、
今現在もアメリカ(仲野整體NewYork)の医療現場、カイロプラクティック医療の最前線で治療を行っている、
米国カイロプラクター仲野広倫D.Cとも連携、情報交換をしながら、常に最善の治療法を提供しています。

 

症状を改善したいと考えた時に、患者側が整形外科、接骨院、鍼灸、整体、マッサージ、エクササイズ、などを選択するのは無駄が多いです。
われわれ、健康な身体作りのプロフェッショナルが、あなたの体の状態に合わせて最適な治療方法や運動方法を選択お伝えできることがプロフェッショナルと考えています。

仲野整體では、あなたの體(からだ)の状態だけでなく、日常の生活習慣や仕事内容、食事までをヒアリングしながら、最適な治療、アドバイスを行います。
よりよい人生を歩んでいきたい方、ご一緒に人生を変えていきましょう!

仲野整體東京青山 http://senakano.jp/index.html

仲野整體NEWYORK http://jp.senakano.us/

仲野整體本院四日市 http://www.senakano.com/

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