2026-09-25

【『死ぬまで生きる』を読んで】死ぬ直前まで、自分の足で歩いていたい

こんにちは。
姿勢治療家®の仲野孝明です。

9月、名古屋へ向かっていた日のことです。
たまたま立ち寄った書店で、一冊の本を手に取りました。

在宅緩和ケア医・萬田緑平先生の
『死ぬまで生きる 穏やかな死に医療はいらない』。

萬田先生のお名前は、どこかで聞いたことがあったかもしれません。
ただ、私が「萬田緑平先生」という方をしっかり認識したのは、この本が初めてでした。
本を手に取ってパラパラとめくっていると、

「歩けることが生きる力」

という言葉が目に入りました。
普段から「歩ける身体」「走れる身体」の大切さを伝えている私にとって、これは気になります。

そのままレジへ持っていきました。

萬田緑平先生の著書『死ぬまで生きる』を手に持つ写真

津から名古屋まで4時間。おかげで一気に読めました(笑)

その日は、名古屋が豪雨。
近鉄線に乗っていたのですが、雨の影響で電車がなかなか進まず、津から名古屋まで、なんと4時間ほどかかりました。
普通だったら大変な移動です。

でもこの日は、本がありました。
おかげで、その4時間で『死ぬまで生きる』をほぼ一気に読むことができました(笑)。

豪雨となった日の移動中に駅で撮影した写真

そして読みながら、何度も涙が出ました。
ただ、不思議なのですが、

なぜ自分が泣いているのか、自分でもいまひとつ分かっていません。

これまで患者さんに伝えてきた、
「歩ける身体を残すこと」
「走れる身体を残すこと」
それは間違っていなかったんだ、と背中を押されたような気持ちになったからなのかもしれません。

あるいは、本の中に出てくる方々が、その人らしく最期まで生きて、
「ありがとう」
と心の通じた家族に囲まれて亡くなっていく。
その姿に胸を打たれたのかもしれません。

たぶん、どちらもあるのだと思います。
それ以外にも、自分の家族のことや、これまで診てきた患者さんのこと、そして自分自身の最期のこと。

いろいろなものが重なっていたのかもしれません。
でも、まだうまく言葉にはできません。
ただ一つ確かなのは、
この本を読みながら、私は何度も泣いていた。
ということです。

「これはPodcastでも話したいな」
と思いながら読み終えたのですが、その前に、今感じていることを忘れないうちにブログに書いておこうと思います。

診療中にもこの本の話を少ししていたところ、患者さんから、
「私も最近、友達に勧められて読みました」
という話が出てきました。

やはり今、いろいろな人に届いている本なのだと思います。
雨の多い読書の秋。
せっかくなら少しでも早く読んでもらいたいと思い、今回はご紹介します。

2000人以上を看取ってきた在宅緩和ケア医

萬田先生は、もともと外科医として手術や抗がん剤治療などに携わっていました。

その中で終末期の医療に関心を持ち、2008年に在宅緩和ケア医へ転身。現在までに2000人以上の看取りに関わってきた先生です。

本の中には、
治療をどこまで続けるのか。
どこで最期を迎えるのか。
最期まで何を自分でしたいのか。
そんなことを考えさせられる話がたくさん出てきます。

そして、萬田先生が大切にしていることの一つが、
最期まで自分で歩くこと。

目標は、「亡くなる前日まで歩いてトイレに行くこと」とされています。
「歩けるうちは、人は死なない」
という萬田先生の言葉もあります。

もちろん、これは医学的な寿命を断定する言葉としてではなく、2000人以上の最期を診てきた萬田先生が、歩くことをどれほど大切にしているかを表す言葉として、私は受け取りました。

それにしても、この言葉。

私には非常に腑に落ちました。
そして読み進めながら、
「あれ、これは自分が昔から見てきたことかもしれない」
と思い始めました。

読みながら、子どもの頃に見た叔父の最期を思い出した

萬田先生の本を読みながら、一人の叔父のことを思い出しました。

私がまだ小学生から中学生くらいの頃です。

叔父はがんになり、東京での治療が難しくなったあと、三重県四日市にあった山下外科神経科に入院しました。
院長だった山下剛先生は、父の友人でもありました。
私は父と母と一緒に何度かお見舞いに行った記憶があります。

子どもでしたから、病気の詳しいことは分かりません。
ただ、今でも残っているのは、
叔父がたくさんの管につながれて苦しんでいる姿ではなく、病室で普通に話をした記憶です。

今回、萬田先生の本を読んだことで、その光景を久しぶりに思い出しました。
子どもの頃に見た叔父の最期と、50歳を過ぎて読んだ萬田先生の本。
何十年も離れた二つの出来事が、自分の中でつながったような気がしました。

19歳のとき、祖父は自宅で亡くなった

もう一つ、私の中に強く残っているのが祖父の最期です。
祖父が亡くなったのは、1993年4月29日。
私は1973年12月生まれなので、大学に入ったばかりの19歳でした。

祖父は病院ではなく、自宅のリビングで過ごしていました。
親戚が来たり、孫が集まったり。

いつもの家の中で、少しずつ寝ている時間が長くなっていたそうです。
私が最後に会ったのは、大学への上京前でした。
その1ヶ月後に自宅で亡くなりました。

でも今回、萬田先生の本を読んで思い出したことがあります。

祖父は、亡くなる当日まで、自分でトイレに行っていました。

もちろん、家族の介助はありました。
それでも、最後まで自分の身体を使って立ち、トイレへ行っていた。
当時の私は、そのことを特別だとは思っていませんでした。

それが祖父の普通の最期だったからです。

祖母も、亡くなる当日までトイレへ行っていた

母方の祖母は、四日市の私の実家で亡くなりました。

祖母は、1911年(明治44年)4月21日生まれ。

私が四日市で診療していた2003年ごろのことです。数ヶ月単位で、東京の自宅と、四日市を往復し治療を受ける時は、数週間単位で養生をしていました。
最後数ヶ月は、四日市が多かったですが。
亡くなる一週間ほど前には少し記憶も曖昧になり、私の名前が出てこないこともありました。

でも最後は、昼間に、叔母が掃除をしている横で、眠るように亡くなっていきました。

そして祖母もまた、
亡くなる当日まで、介助を受けながら自分でトイレに行っていました。

今回、本を読んで初めて、
「ああ、二人ともそうだったんだ」
と気づきました。
萬田先生が「亡くなる前日まで歩いてトイレに行くこと」を大切にされている。

そして振り返ってみると、私が身近で見てきた祖父と祖母も、まさに最後まで自分の身体を使っていました。
当時は、それが特別なことだとは思っていませんでした。

でも今になって考えると、
私は幼い頃から、「最後まで自分の身体を使って生きる」という姿を見せてもらっていたのかもしれません。

仲野家では、死の話は特別な話ではなかった

振り返ってみると、仲野家では昔から「死」の話を普通にしていました。
自然療法を大切にしてきた家系だったこともあるのかもしれません。

幼い頃から父にも、
「俺には無理な延命治療をしないでくれよ」
という話をしていました。
最近でも、家族で話します。

どういう最期を迎えたいのか。
どこまで医療を受けたいのか。
元気なうちにそんな話をする。
仲野家では、わりと当たり前の死生観だったのかもしれません。

姿勢治療家®だけに、
「死ぬときの姿勢」まで考えていた家だったということでしょうか(笑)。
でも今回の本を読んで、その環境はありがたかったのだと改めて感じました。

僕は、死ぬ直前まで自分の足で歩いていたい

自分の足で歩ける身体を大切にする姿勢治療家®仲野孝明の後ろ姿

私は普段、患者さんに、
「歩ける身体をつくりましょう」
「できるなら、走れる身体を残しましょう」
と伝えています。

走ることそのものが目的ではありません。
自分で立てる。
自分で歩ける。
自分でトイレに行ける。
行きたいところへ自分で行ける。
そして、自分がやりたいと思ったことを、自分の身体を使ってできる。

その時間を、できるだけ長くするためです。

私はこれまで、
自分の足で走れる身体を残すことは、寝たきりにならない身体づくりにつながる
ということを伝えてきました。

今回そこに、萬田先生の
「歩けるうちは、人は死なない」
という言葉が加わりました。

そして、祖父と祖母の最期まで思い返してみると、
自分がなぜこれほど「歩ける身体」「走れる身体」にこだわってきたのか。
その原点の一つが、少し見えたような気もします。

もしかすると、この本を読みながら何度も涙が出た理由の一つは、
「自分が今まで伝えてきたことは、これでよかったんだ」
と思えたからなのかもしれません。

でも、それだけではない気もします。

最期までその人らしく生きて、家族と心を通わせながら「ありがとう」と人生を終えていく。
そんな場面に、自分自身が強く揺さぶられているのだと思います。
まだ自分でも、きれいには整理できません。
でも、その整理できない感情まで含めて、この本から受け取ったものなのだと思います。

死を考えると、今生きていることの価値が分かる

いつ死ぬのか。
これは誰にも分かりません。
明日かもしれないし、何十年も先かもしれません。
元気なときには、あまり死について考えません。

でも今回、この本を読んで思いました。
死を考えることは、決して暗いことではない。
自分がどう死にたいのかを考えると、

では、それまでどう生きたいのか。
今日をどう過ごしたいのか。
そんなことが逆に見えてきます。

いつか終わりが来ると分かっているから、今この瞬間の価値に気づけるのかもしれません。

今を大切にする。

そして、
今できることを大切にする。
行きたい場所があるなら、行く。
会いたい人がいるなら、会う。
やりたいことがあるなら、やってみる。

そのためにも、自分の足で歩ける身体、走れる身体を残しておく。
自分のやりたいことを、全力でできる身体をつくる。
それをお手伝いすることが、私の仕事なのだと思います。

最後に言いたい言葉

自分の最期がどんな形になるのかは分かりません。
でも、できることなら、死ぬ直前まで自分の足で歩いていたい。
祖父や祖母のように、介助をしてもらったとしても、最後まで自分の身体を使っていたい。

そして最後には、
「ほんと、ありがとう。最幸な人生だったよ」
そんな言葉を家族に伝えて亡くなれたらいいですね。

そのために何をするのか。

特別なことではなく、
今日を大切に生きる。
今できることをやる。

そして、自分の身体をちゃんと使っておく。
『死ぬまで生きる』というタイトルを見たときには、死についての本だと思っていました。
でも読み終わって私の中に残ったのは、

どう死ぬかではなく、どう生きるか。
ということでした。

ご自身の最期について考えたことがない方。
ご両親やご家族のこれからを考え始めている方。

そして、今の人生をもっと大切に生きたいと思っている方にも、ぜひ一度読んでいただきたい一冊です。

私もこれから萬田先生のほかの著書を、もう一冊、二冊と読んでみます。
そしてもう少し考えが深まったら、Podcastでもお話ししてみたいと思います。

死ぬまで生きる。

そのために、
今日も、自分の足で歩いていきたいと思います。

姿勢が変わると、人生が変わる。
姿勢治療家®︎
仲野孝明


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