14年ぶりの富士宮口で確かめた、姿勢が変わると人生が変わる理由
「絶対に富士山に登りたいから、仲野さん連れてって!!」
そんな言葉をいただいたのは、2024年頃だったと思います。今回、その約束が実現し、14年ぶりに思い出の富士宮口を歩いてきました。

実はこの富士宮口は、私にとって特別な場所です。
2012年8月、人生で初めて富士山に登ったのが、このルートでした。
当時は妻と5歳の息子、そして友人家族と一緒に七合目の山小屋で一泊し、翌朝山頂を目指しました。
「途中で無理そうなら戻ればいい。」
そんな軽い気持ちで挑戦したことを、今でも鮮明に覚えています。
当時の私にとって、この富士登山は家族との一つの思い出にすぎませんでした。
ところが14年後に振り返ってみると、あの日の出会いと成功体験は、その後の仕事、生き方、身体への向き合い方を大きく変える出発点になっていました。
この記事では、5歳だった息子と登った富士山の思い出だけでなく、身体の姿勢と人生に向き合う姿勢が、どのように人の未来を変えていくのかをお伝えします。
目次
14年前には想像もできなかった未来
当時の私は、土曜日に一日休むことさえ大きな決断でした。日曜日を利用して山小屋に一泊する日程を組みましたが、治療室を休んで出かけること自体、簡単には考えられませんでした。
14年前の私は、「患者さんを診ている時間が仕事だ」と考えていました。治療室を大きくして、スタッフを増やし、より多くの患者さんを診られるようにすることが、仕事の発展だと思っていたのです。
現在も臨床は、私にとって大切な仕事です。しかし、治療室の中で学んだことを後世へ残し、まだ出会えていない人の未来にも役立てることまでが、姿勢治療家としての仕事だと考えるようになりました。
山を登ることも、長い距離を走ることも、疲労や回復を自分の身体で確かめることも、すべて身体の使い方を研究する材料です。
言ってみれば、自分の生き方そのものを使った人体実験です。
人は、身体の使い方を変えることで、何歳からでも未来を変えられるのか。
その可能性を、自分の身体と人生を通して確かめ、次の世代へ渡していく。それが現在の私の仕事です。
今村さんとの出会いが人生を変えた
14年前、一緒に登った今村暁さんは、ステージレースの練習のために何度も富士山へ登っていました。
当時の私は驚きました。
「そんな人が本当にいるんだ。」
しかも砂漠のステージレースへ挑戦するという話まで聞き、
「一週間も仕事を休んで海外へ行くなんて、自分には絶対無理。」そう思っていました。
でも今振り返ると、その「無理だ」と思っていた世界に、自分自身が入っていました。
砂漠250km。
アイアンマン。
UTMB。
トルデジアン。
380km飛脚。
富士山一筆書き。
どれも14年前には想像すらできませんでした。
人は、自分一人の価値観だけでは未来は変わりません。
どんな人と出会うか。
その出会いが人生を大きく変えていくのだと思います。
今村さんは、私に何かを強制したわけではありません。ただ、自分の人生を楽しみながら、当時の私には想像もできなかった世界を見せてくれました。
人は、説明だけでは変わりません。「そんな生き方をしている人が本当にいる」と知ったとき、初めて自分の中にも新しい選択肢が生まれます。
だからこそ、私も挑戦する姿を隠さずに伝えていきたいと思っています。それを見た誰かが、自分の身体や人生に、もう一度可能性を感じてくれるかもしれないからです。
5歳の息子が持っていた「高尾山感覚」

今回、一番印象に残った言葉があります。
14年前に5歳だった息子に、
「あの時の富士山ってどうだった?」
と聞くと、
「高尾山を登るような感覚だった。」
と言ったのです。
私は少し驚きました。
でも考えてみると、そのように伝えていたのは私たち親でした。
「一歩ずつ登れば大丈夫。」
「無理なら戻ればいい。」
そんな声をかけながら、妻が手を引き、お尻を押し、励まし続けていました。
さらに同年代の成田さんのお子さんと一緒だったこと。
すれ違う登山者が
「すごいね!」
「頑張ってるね!」
と声をかけてくれたこと。
そんな小さな成功体験が、
息子の中では
「富士山=楽しく登れる山」
という価値観になっていたのだと思います。
今回、改めて学びました。
人は能力より先に、価値観で限界を決めています。
身体の問題も同じです。
「もう年だから」
「膝が悪いから」
「自分には運動できないから」
もちろん、痛みや病気を無視してよいという意味ではありません。しかし、身体の状態を確認する前から「できない」と決めてしまえば、回復や挑戦のための選択肢まで失ってしまいます。
身体を整え、正しい使い方を学び、小さく試してみる。その経験によって、「できないと思っていたことが、少しできた」という新しい基準が生まれます。
姿勢を変えるとは、身体の形を整えることだけではありません。自分の未来に対する前提を、少しずつ書き換えることでもあるのです。
子どもの基準は、本人だけでつくられるものではありません。親や友人、周囲の大人が何を可能だと考えているか。その環境の中で、子どもは自分の限界を学んでいきます。
危険を無視して挑戦させるのではなく、安全に備え、無理なら戻れることを伝えたうえで、可能性を最初から閉じないこと。これは、子どもだけでなく大人にも必要な関わり方だと思います。
富士山を楽に登る身体の使い方
富士山では、普段の身体の使い方が拡大されて現れます。
日常では気にならないわずかな猫背、股関節の硬さ、足首の動きにくさも、長時間の登り下りでは疲労や不安定さにつながります。反対に、重心移動と股関節の使い方が整うと、筋力だけに頼らず身体を運べるようになります。
だから富士山は、姿勢の良し悪しを判定する場所というより、自分が普段どのように重力と付き合っているかを教えてくれる場所なのです。
富士山は、姿勢がそのまま結果に現れる山です。
標高3,776m。日本一の高さを、いかに疲れずに登るか。
答えは脚力ではなく、重力の使い方にあります。
登りのポイント3つ
- 身体を少し前へ預ける。重心を前に置くことで、重力そのものが推進力になります。
- 前足へ体重を移してから、後ろ脚を股関節から運ぶ。前足へゆっくり体重を移すと、後ろ脚が軽くなります。その軽くなった脚を、地面から強く蹴るのではなく、股関節から前へ運びます。ふくらはぎだけに頼らず、身体全体の体重移動で登ることが、脚を最後まで残すコツです。
このとき主に働く筋肉の一つが腸腰筋です。 - 胸郭を開いたまま歩く。猫背で姿勢が崩れて背中が丸まると、胸郭が狭くなり呼吸が浅くなります。背中を丸めすぎず、みぞおちをつぶさないように胸郭の空間を保つことで、股関節が引き上がりやすく、呼吸もしやすい形を保持できます。高所ほど、呼吸の差が疲労の差になります。
下りのポイント3つ
初めての富士山で一番の驚きは、登りよりも、下りの大変さかもしれません。
とにかく滑る。
だからこそ、身体の使い方が結果を大きく変えます。
- 重心は身体の真下でコントロールする。怖くなると頭が後ろに下がり、腰が引けます。この姿勢が、実は一番滑りやすくなります。コントロール下にある重心が大事です。スキーのようなわずかな前傾を保つと、怖さが減りコントロールできるようになります。それでも怖い場合は、股関節を曲げて重心の位置を下げましょう。目線も自然に下がり、安心感が生まれます。股関節の蝶番のような動き=ヒンジを意識するのがコツです。
- 足は柔らかく、細かく、静かに置く。歩幅を小さくし、動かない石や滑りにくい場所を選びながら、足を優しく置いていきます。大きな一歩で踏ん張るより、小さな歩幅を連続させる方が、衝撃を分散しやすくなります。
- 上半身の力を抜き、股関節と足首を使う。肩や腕まで固めると、バランスを崩したときに動きを修正しにくくなります。呼吸を止めず、股関節と足首が動ける余裕を残しながら、自分が安全に制御できる速度で下りましょう。
ここでいう「流れるように下る」とは、速く下ることではありません。自分が安全に制御できる範囲で、小さな歩幅を連続させるという意味です。
私が使っている装備
足元の不安が強いと、身体は無意識に緊張します。自分の足に合い、滑りにくく、事前に履き慣れたシューズを選ぶことも、良い姿勢を保つための大切な準備です。
私自身はアルトラのオリンパスと、サロモンのゲーターLOWを使用しています。

姿勢とは、見た目ではありません。
重力を味方につける技術なのです。
これは富士山でも、日常の階段でも、まったく同じです。
富士登山の初心者におすすめのルートは?4ルートを比較
富士山には4つの主要登山ルートがあります。
私が今回歩いた富士宮口は、登りも下りも同じ道を使うルートです。
富士宮口最大の魅力は、やめたくなったら、いつでも来た道を戻れること。
万が一途中で体調が悪くなっても引き返しやすく、グループ登山でも合流しやすい、道に迷いにくいルートです。
吉田口・須走口・御殿場口は登山道と下山道が分かれているため、同じルートでは戻れません。
その代わり、登り下り共用の富士宮口では、登る人と下る人がすれ違います。
自分のペースだけでは進めない場面もありますが、登り優先の譲り合いを忘れずに。
「こんにちは」と挨拶をして譲り合える、素敵な道ですよ。
挑戦では、目標の高さだけでなく、自分に合う入口を選ぶことも大切です。これは富士登山でも、運動習慣でも同じです。
| ルート | 特徴 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 富士宮口(静岡県側) | 五合目の標高が約2,400mと高く、山頂までの距離が最短。登りと下りが基本的に同じ道で分かりやすい一方、傾斜が急で岩場も多い | 距離を短くしたい人、東海・関西方面から向かう人、グループで同じ道を往復したい人 |
| 吉田口(山梨県側) | 山小屋が最も多く、登山道からご来光が見やすい。新宿から五合目への直通バスあり | 初心者、関東からのアクセス、山小屋泊でゆっくり登りたい人 |
| 須走口(静岡県側) | 樹林帯から始まる自然豊かなルート。下山は砂走りを楽しめる | 景色の変化を楽しみたい経験者 |
| 御殿場口(静岡県側) | 五合目の標高が最も低く、距離が最長。富士山の最難関ルート | 体力に自信のある上級者 |
一番難しい道を選ぶ必要はありません。今の自分が安全に一歩を踏み出せる道を選ぶ。その選択も、人生を前へ進める大切な姿勢です。
どのルートにも魅力があります。
大切なのは、自分の体力と目的に合わせて選ぶこと。
ここでも、身の丈に合った目標設定が結果を決めます。
富士山は、毎年の体力測定
昔は「人生で一度登れたらいい。」
そう思っていました。
でも今では、年間に何度も登る山になりました。
富士山は私にとって、
日本一高い山であると同時に、
毎年の体力測定をしてくれる山です。
今年はどう感じるのか。
去年より呼吸は楽か。
身体はどう変化したのか。
そんなことをこの5年、6年は確認しています。
そして何より、
何度も登るうちに、富士山は単なる練習場所ではなくなりました。

古くから多くの人が祈りを持って登り、信仰の対象として大切にしてきた山。その歴史の上に、今の自分も立たせてもらっていることを感じます。
私は体力を確認するために登っていますが、同時に、日本一高い場所まで自分の身体を運べることへの感謝を確かめる時間にもなっています。
富士山は人生の縮図
日本一高い山。
だからこそ、「自分には無理だ。」と思う人もいます。
でも、
「一歩ずつ歩けば登れる。」
そう考える人もいます。
実際、富士山は特別な才能がある人だけの山ではありません。
目標を決め、
一歩ずつ積み重ねれば、
誰にでも山頂へ近づくことができます。
人生も同じではないでしょうか。
富士山では、山頂を目指すことだけが正解ではありません。
天候や体調によって引き返す日もあります。途中までしか進めなくても、その経験は次の挑戦に残ります。
高い目標を持つこと。一歩ずつ進むこと。そして、今は進むべきではないと判断したら戻ること。
挑戦する姿勢と、撤退できる姿勢。その両方を持つことが、長く人生を前へ進める力になるのだと思います。
そして、もし
「一日に富士山を4回登頂する人がいる。」
と知ったら、
「一回くらいなら自分にも登れるかもしれない。」
そんな気持ちになりませんか?
もちろん、誰もが一日に4回登る必要はありません。(笑)
大切なのは、自分の常識の外側にいる人を知ることです。自分より少し先を進む人と出会うと、「絶対に無理」が「もしかしたらできるかもしれない」に変わります。
人は、自分が見た世界の大きさで可能性を決めています。
だから私は、これからも挑戦を続けます。
誰かが
「そんな世界があるんだ。」
と思えるきっかけになれば、それだけで未来は変わり始めるからです。
あの日の富士山は、14年後の人生をつくってくれた

14年前の富士山は、山頂へ登るためだけの一日ではありませんでした。
人との出会いによって価値観が変わり、家族との成功体験によって可能性の基準が変わり、身体の使い方を追求することで、想像もしなかった人生へ進むきっかけになった一日でした。
良い姿勢とは、背筋をきれいに見せることではありません。重力の中で自分の身体を扱い、自分の足で行きたい場所へ進み続けるための土台です。
身体の可能性を最初から諦めない大人が増えれば、その姿を見て育つ子どもたちの未来も変わります。
だから私はこれからも、自分の身体で試し、臨床で学び、言葉にして伝えていきます。
姿勢が変わると、人生が変わる。
それは治療室の中だけで起こる変化ではありません。自分の未来を信じて、一歩を踏み出すところから始まる変化なのです。
富士登山と姿勢に関するよくある質問
Q. 富士登山の初心者には、どのルートがおすすめですか?
A. 初心者には富士宮口か吉田口をおすすめします。富士宮口は五合目の標高が約2,400mと高く山頂まで最短で、登りも下りも同じ道のため、やめたくなったらいつでも来た道を戻れる安心感があります。吉田口は山小屋が最も多く、新宿から五合目への直通バスがあり、関東からのアクセスに便利です。
Q. 富士山の下りで膝が痛くなるのはなぜですか?
A. 富士山の下りでは、長時間にわたり着地の衝撃を受け続けるため、膝周辺に負担が集中しやすくなります。股関節や足首の可動域、歩幅、身体の力み、筋力や登山経験、過去のケガなど、複数の要因が関係します。
対策は、歩幅を小さくし、股関節と足首を柔らかく使い、着地音を小さくすることです。事前には、ボックススクワットやランジ、段差をゆっくり下りる練習を、数週間かけて少しずつ行っておくと役立ちます。強い痛みや腫れがある場合は、無理をして歩き続けないことが大切です。
Q. 富士山を楽に登る姿勢のコツはありますか?
A. ポイントは3つです。①身体を少し前へ預けて重力を推進力に変える、②前足への体重移動で後ろ脚を軽くしてから、コアと腸腰筋を使って股関節から脚を引き上げる、③背中を丸めすぎず、みぞおちをつぶさないように胸郭の空間を保ち、呼吸を深く保つ。ふくらはぎで蹴るのではなく、体重移動と股関節の引き上げで登ることが、脚を最後まで残すコツです。
Q. 登山経験がなくても富士山に登れますか?
A. 登山経験がない方でも、事前に歩く練習を行い、適切な装備と無理のない日程を準備すれば、富士登山に挑戦できます。ただし、登頂できるかどうかは、当日の天候や体調、高度への適応によって変わります。
私の息子は5歳で登頂しましたが、すべての子どもに同じ行程をすすめるものではありません。七合目で一泊し、本人の体調と意思を確認しながら、いつでも引き返す前提で進みました。山頂にこだわらず、無事に戻ることまでが登山です。

仲野孝明(なかの たかあき)は、姿勢治療家®。1926年(大正15年)創業、100年の歴史を持つ仲野整體東京青山の四代目院長を務める。「姿勢が変わると、人生が変わる」を信条に、正しい姿勢と身体の使い方を伝える施術・指導を行う。
著書は7冊。代表作『調子いい! がずっとつづく カラダの使い方』(サンクチュアリ出版)ほか、姿勢と健康に関する著作を通じて、多くの読者に身体の使い方を伝えてきた。企業の健康支援にも力を注ぎ、法人向けに姿勢と身体の使い方を伝える「日本のオフィス健康プロジェクト(NOK)」を立ち上げた。
自身も38歳からランニングを始めた実践者であり、サハラ砂漠マラソン、アタカマ砂漠マラソン、UTMB(160km)、トルデジアン(330km)、IRONMANトライアスロンなどの過酷なレースを完走。2026年には治療院創業100周年を記念し、四日市から東京青山まで380kmを7日間で走る「7Days飛脚380」を完走した。臨床の知見と自らの身体実験を融合させ、ブログ・YouTube「姿勢の医学」・PODCAST「姿勢が変わると、人生が変わるラジオ」などで姿勢と身体の使い方を発信し続けている。





















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