身体の使い方は、なぜ学校で教わらないのだろう
目次
―「姿勢がいいと、何ができるの?」から24年―
こんにちは。
姿勢治療家®の仲野孝明です。
私は毎日の治療の中で、患者さんに身体の使い方をお伝えしています。
立つ。
座る。
歩く。
持つ。
呼吸する。
どれも特別な運動ではありません。
私たちが毎日、当たり前のように繰り返していることです。
でも、考えてみると不思議です。
私たちは子どもの頃、箸の持ち方を教わります。
鉛筆の持ち方も教わります。
字の書き方も、挨拶の仕方も教わります。
スポーツを始めれば、ボールの投げ方やラケットの振り方も教わります。
ところが、
「どう立つのか」
「どう座るのか」
「どう歩くのか」
という、自分自身の身体の使い方については、ほとんど教わりません。
毎日、一生使い続ける身体なのに、です。
24年前は「姿勢は大事だよね」で終わっていた
私が「姿勢の大切さを、もっと多くの人に伝えたい」と強く思うようになったのは、2002年頃でした。
今から24年前です。
当時は、今ほど「姿勢の大切さ」という言葉を目にすることはありませんでした。
姿勢についてプレゼンをしても、
「姿勢は大事だよね」
と言ってもらえる。
でも、そこで終わってしまう。
姿勢が大切だということには、誰も反対しません。
けれど、その先の話にはなかなか進みませんでした。
それでも私は、伝え続けてきました。

それから24年。
今では街でも、テレビでも、インターネットでも、「姿勢」という言葉を目にする機会がずいぶん増えました。
これは、長年姿勢を伝えてきた私にとって、とても嬉しい変化です。
だからこそ今、私は思います。
そろそろ「姿勢は大切」の、その先へ進んでもいいのではないか。
「姿勢がいいと、何ができるの? 仲野くん」
私には、今でも忘れられない一言があります。
「姿勢がいいと、何ができるの? 仲野くん」
この言葉をかけてもらったことが、その後の私の考え方をさらに深めてくれました。
もともと私は、姿勢を「きれいに立って見せるためのもの」だとは考えていたわけではありません。
人間の身体には、骨格という構造があります。
その構造から外れた使い方を繰り返していれば、一部に負担が集中し、やがて身体を痛めることにつながります。
だから私は、身体を構造に沿って使うことが大切だと、治療の現場で伝えてきました。
身体の構造や使い方を知らないまま、知らず知らずのうちに身体を痛めてしまう。
それが、私はとてももったいないと思っていました。
だから当時は、一心不乱に「姿勢の大切さ」を伝えていました。
そんな時に言われたのが、
「姿勢がいいと、何ができるの? 仲野くん」
という一言です。
「姿勢が整った身体であれば、理論的には何でもできる……はずです」
そんな、どこかすっきりしない答えをしたことを今でも覚えています。
それなら、自分の身体で確かめてみよう。
後から振り返ると、そこから私自身の実験が始まっていったように思います。
自分の身体で、確かめてみる
2002年頃の私は、まったく走っていませんでした。
その後、私自身が身体を使うようになり、その大きな入り口になったのがマラソンでした。
でも、そこで終わりませんでした。
トライアスロン。
砂漠。
トレイルランニング。
山。
長い距離を自分の身体で進むこと。
振り返ってみると、いつの間にか、
「姿勢という土台があれば、身体はどこまで使えるのか」
という自分自身の実験になっていました。

その後、挑戦はさらに広がりました。

もちろん、
「姿勢さえ良ければ何でもできる」
という単純な意味ではありません。
身体の構造に沿って使う。
関節を動かす。
筋肉を使う。
心肺を使う。
そして、回復する。
それを繰り返していく。
すると、
身体は、構造に沿って使うことで、さらに使える身体になっていく。
私は、自分自身の身体を通して、そう感じるようになりました。
姿勢は、身体を守るための土台であると同時に、身体の可能性を引き出すための土台でもある。
だからこそ、姿勢が大事なのです。
50代になって、姿勢の意味がさらに深くなった
そして今、私自身が50代になりました。
若い頃には気づかなかったことを、身体から教わるようになっています。
特に感じるのが、関節がきちんと動くことの大切さです。
若い頃は、ほとんどストレッチをしなくても平気でした。
多少無理をしても、柔軟性や筋力、回復力が助けてくれます。
ところが、年齢を重ねてくると、それだけでは足りなくなります。
身体の使い方。
関節可動域。
筋力。
持久力。
回復力。
運動。
睡眠。
食事。
呼吸。
そして、精神的な状態。
すべてがつながっていることを、自分自身の身体でも実感するようになりました。
この一つ一つは、これから毎週、このブログで一つずつ書いていこうと思っています。
「存在する事は変化する事。変化する事は成熟する事。」
私が大切にしている言葉があります。
「存在する事は変化する事。変化する事は成熟する事。」
哲学者アンリ・ベルクソンの言葉です。
私はこの言葉を、ベルクソンの本を直接読んで知ったのではありません。
松浦弥太郎さんの書籍を読んでいた時に出会いました。
松浦さんは、かつて『暮しの手帖』の編集長を務めていた方です。
そして偶然ですが、「弥太郎」という名前は、私の祖父と同じ名前でもあります。
この言葉を読んだ時、とても心に残りました。
人の生き方だけではなく、身体についても同じことが言えると思ったからです。
身体は、ずっと同じではありません。
20歳の身体と50歳の身体は違います。
筋力も変わる。
関節の動きも変わる。
回復力も変わる。
暮らし方も変わる。
そして、自分自身の考え方も変わります。
24年前は、
「正しい姿勢を伝えたい」
という思いが強くありました。
今は、
「身体を上手に使える人を増やしたい」
さらに、
「身体の使い方を、次の世代へ残したい」
と思っています。
24年前の考えが間違っていたのではありません。
24年間続け、自分自身の身体でも試してきたことで、その意味が広がってきた。
それもまた「成熟」なのかもしれません。
最後まで、自分の身体を使って生きたい
50代になった今、以前より考えるようになったことがあります。
それは、
人生をどう終えたいのか、ということです。
できることなら、
最後まで自分の足で歩きたい。
自分でトイレに行きたい。
自分で食べたい。
自分で着替えたい。
できるだけ長く、自分のことを自分でできる身体でいたい。
もちろん、人生の最後がどうなるのかは誰にも分かりません。
運動をしていれば、すべて思い通りになるわけでもありません。
病気になることもあれば、予期しない出来事もあります。
それでも、
最後まで自分の身体を使える可能性を高めるために、今できることはある。
私はそう考えています。

50代になっても、自分の身体を使い続ける。身体を動かせることは、挑戦のためだけではありません。人生の最後まで、自分の身体で生きるためでもあると考えるようになりました。
姿勢は、目的ではない
24年前と比べれば、
「姿勢は大切」
という考えは、ずいぶん社会に広がりました。
だから私は、これからその先を伝えたいと思っています。
姿勢が良くなったら、何ができるのか。
何歳まで歩きたいのか。
何歳まで旅行したいのか。
誰と、どこへ行きたいのか。
どんな仕事を続けたいのか。
どんなことに挑戦したいのか。
そして、どんな人生を最後まで送りたいのか。
姿勢は、目的ではありません。
自分の身体で、自分の人生を最後まで生きるための土台です。
そして、その土台だからこそ、
姿勢が大事なのです。
身体の使い方を、次の世代へ
以前、私は「姿勢作法」という動画シリーズをつくりました。
立つ。
座る。
歩く。
身体を伸ばす。
身体の基本的な使い方を「作法」として残したいと思ったからです。
今、その思いはさらに強くなっています。
身体の使い方は、一部の専門家だけが知っているものではなくてもいい。
学校でも。
家庭でも。
会社でも。
もっと普通に学べるものになってもいい。
箸の使い方を学ぶように、
自分の身体の使い方を学ぶ。
それが「生きるための教養」の一つになってもいいのではないでしょうか。
「姿勢がいいと、何ができるの? 仲野くん」
あの一言から、私自身もずいぶん変わりました。
姿勢を整えて、終わりではない。
その身体で、
歩く。
走る。
働く。
遊ぶ。
行きたいところへ行く。
会いたい人に会う。
そして、できるだけ最後まで、自分の身体で自分の人生を生きる。
そのために、
身体をどう使うのか。
そして、
どう使い続けるのか。
これから毎週、このブログで、24年間の治療現場と、自分自身の身体で確かめてきたことを、一つずつ書き残していこうと思います。
立つこと。
座ること。
歩くこと。
走ること。
持つこと。
呼吸すること。
そして、年齢とともに変化する身体と、どう付き合っていくのか。
身体の使い方を、次の世代へ。
姿勢が変わると、人生が変わる。
姿勢治療家®仲野孝明

仲野孝明(なかの たかあき)
姿勢治療家®創設者/仲野整體東京青山院長/柔道整復師
「姿勢が変わると、人生が変わる。」
1926年創業の仲野整體の四代目。日々の臨床で身体の使い方を探究する。自身も走れなかったところから2011年に走り始め、砂漠マラソンや330kmの山岳レースを完走。臨床と自らの実践で得た学びを、誰もが暮らしや仕事に取り入れられる方法へと磨き続けている。
著書7冊。代表作『調子いい! がずっとつづく カラダの使い方』。企業の健康経営を支える講演や、執筆・動画・音声配信を通じて、身体の使い方から人生の選択肢を広げることを伝えている。





















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