2026-05-15

不安2割を抱えて出発した380km。たどり着いた青山で見えたもの

いや、終わってしまったなぁ

7Days飛脚380を終えて、最初に出てきた言葉は、

「いや、終わってしまったなぁ」

でした。

四日市から東京青山まで、約380km。
7日間かけて、自分の足で進む。

言葉にすると簡単ですが、実際には簡単な挑戦ではありませんでした。

スタート前の正直な気持ちは、
「8割はなんとかなるかもしれない。でも、2割は不安」
という感覚でした。

最初から8割の自信があったわけではありません。

むしろ、準備を始めた頃の自信は3割ほどだったと思います。

そこから、できる準備を一つずつ積み上げていきました。

・走る距離を重ねる。(あまりできませんでした)
・装備を見直す。(最小最軽量に)
・補給を考える。(コンビニを活かした補給)
・ルートを確認する。(走りやすく、絵になりやすいルートを)
・身体の状態を整える。(毎日ケアを行う)
・自分の体の使い方を確認する。(無駄のない動きになるように)

準備は、2025年12月ごろから本格的にスタートしていました。

実際に、7Days飛脚380の直前までの月間走行距離を振り返ると、

2025年12月は207km。
2026年1月は109km。
2026年2月は85km。
2026年3月は170km。
そして2026年4月は、7Days飛脚380が始まる直前までで約208kmでした。

4月の総走行距離は296.51kmでしたが、そこには7Days飛脚380が始まってからの71.63kmと16.32kmも含まれています。
そのため、スタート直前までの走行距離としては、約208kmになります。

数字だけを見ると、380kmを7日間で進む準備としては、決して十分すぎる走行量ではありません。

もっと走り込んでいるランナーから見れば、少ないと感じるかもしれません。

それでも、私が大切にしていたのは、単純な走行距離だけではありませんでした。

装備を整えること。
補給を考えること。
ルートを確認すること。
毎日の回復方法を考えること。
そして何より、自分の身体の使い方を確認すること。

走力だけで押し切るのではなく、
身体の使い方、準備、回復、判断を総動員して進む。

それが、今回の7Days飛脚380でした。

そうやって、3割ほどだった自信を、なんとか8割まで引き上げていきました。

それでも、最後の2割の不安は残っていました。

今回の計画では、毎日ホテルに宿泊し、温泉に入り、できる限り身体を回復させながら進む予定でした。
そこまで考えて、回復の設計はしていました。

けれど、実際にどの程度まで回復するのか。
翌朝、また走り出せる身体に戻っているのか。

そこは、正直に言って未知数でした。

大会以外で、ここまで長い距離を走ったことはありません。
しかも、連日これだけ走るランニングの実績も、決して多くありませんでした。

だから、不安がゼロになることはありませんでした。

それでも、準備を重ねることで、
「なんとかなるかもしれない」
という感覚を8割まで引き上げることはできました。

そして、その2割の不安を抱えたまま、四日市を出発しました。

ゴールした瞬間に感じたのは、ただの達成感だけではありませんでした。

「終わった」ではなく、
「終わってしまったなぁ」
という感覚。

長かったようで、あっという間だった7日間。
苦しかった場面もありました。
天候に試された日もありました。
身体の違和感をごまかしながら進んだ日もありました。

それでも、青山まで戻ってこられた。

380kmを終えて、今いちばん強く感じているのは、
参加してくださった皆さま、応援してくださった皆さまへの、最大の感謝です。

一緒に走ってくださった方。
途中で合流してくださった方。
沿道で声をかけてくださった方。
メッセージで応援してくださった方。
準備や運営をしっかり支えてくれた妻。

本当にありがとうございました。

今回の7Days飛脚380は、私一人の挑戦ではありませんでした。
多くの方に支えられ、背中を押され、つながりながら進んだ7日間でした。

そして、この中で感じたことを、ただの思い出で終わらせず、
仲野整體の次なる100年へつなげていきたい。

今は、そんな気持ちでいます。

不安2割を抱えたまま、四日市から東京青山へ。7Days飛脚380が始まりました。

パーティではなく、行動で伝えたかった

仲野整體は、2026年で創業100周年を迎えます。

四日市本院にて、ウォーキングワークショップ&ウォーキングイベントを行いました。

100年という節目に、何をするのか。
どう感謝を伝えるのか。
そして、次の100年へ何を残すのか。

最初は、記念パーティのような形も考えられたかもしれません。

でも、準備を進めながら、私の中では少しずつ違和感が大きくなっていきました。

仲野整體には、昔から大切にしてきた言葉があります。

「医者より養生、薬より手当て」

病気や不調になってから何かをするのではなく、
日々の身体の使い方、暮らし方、生き方を整えること。
自分の身体を、自分で大切に扱うこと。

私はその考えの中で育ち、臨床を続けてきました。

そして18年前、東京青山で「姿勢の大切さを伝えたい」と考え、活動を始めました。

その18年間を振り返ったとき、私がいま最も伝えたいことは、とてもシンプルでした。

人間は、歩く動物であり、走る動物である。

もっと動かないと、身体は壊れていく。

現代は便利になりました。
座ったまま仕事ができる。
車や電車で移動できる。
スマホひとつで買い物もできる。

でも、その便利さの中で、私たちは本来持っていた身体の力を、少しずつ使わなくなっています。

歩かない。
走らない。
しゃがまない。
背伸びしない。
深く呼吸しない。

そうやって、動く動物であるはずの人間が、動かない生活に慣れていく。

その結果、身体の不調や痛みが増えている。
私は臨床の中で、その現実を何度も見てきました。

だからこそ、100周年の節目にパーティを開くだけでは、どこか矛盾しているように感じました。

もちろん、集まって感謝を伝えることも大切です。
でも、私が本当に伝えたいことは、言葉だけでは届かない。

人間は動く動物である。
身体は、使わなければ壊れていく。
姿勢が変わると、人生は変わる。

それを伝えるなら、パーティではなく、行動で示したい。

そう思うようになりました。

だから、四日市から東京青山まで、自分の足で進むことにしました。

仲野整體の原点である四日市から、現在の拠点である東京青山へ。
100年の歴史を、自分の身体でつなぐ。

そして出発日の4月29日は、祖父の命日でもありました。

父と、妻と私でお墓参りをしてから、私の1日目はスタートしました。

4月29日、祖父の命日。お墓参りから、100周年の飛脚旅が始まりました。

それは、ただのスタートではありませんでした。

これまで受け継がれてきたものに感謝し、
これからの100年に何を残すのかを、自分の身体で問い直す出発でした。


7Days飛脚380という名前と、仲間が増えていった道

7Days飛脚380という名前は、四日市から東京青山までの距離から生まれました。

Googleマップなどで、歩くルートをもとに距離を計算していくと、概ね380kmになることがわかりました。

私が2024年に挑戦したトルデジアンは、約330kmの山岳レースで、TOR330と表記されています。

その表記の響きも頭にありました。

四日市から東京まで、7日間で約380km。
それなら、名前は 7Days飛脚380 がいい。

そう考えるようになりました。

ただ、名前を決めたからといって、すぐに参加者が集まるわけではありません。

正直に言うと、最初は思っていました。

こんな無謀なことに付き合ってくれる人がいるのだろうか。

数名、顔が浮かぶ人はいました。
「この人なら来てくれるかもしれない」
そう思える仲間はいました。

でも、全区間に誰かが来てくれるとは、まったく思っていませんでした。

最悪、妻と2人だけで進む時間も多いかも。
それはそれで仕方ないかな。

そんなふうに考えながら、時間を見つけながら、距離と走るルートをGoogleマップなどで検証し作り込んでいきました。

ところが、準備を進め、少しずつ発信していくと、参加してみたいと言ってくださる方が増えてきました。

最初は、GPSを見て追いかけてもらえればいいと思っていました。

「いまこのあたりを走っています」
「合流できそうな方は、GPSを見て来てください」

そのくらいのゆるい形を想像していました。

でも、参加したい方が増えてくると、そうはいきません。

「何時ごろに、どこを通りますか?」
「どの地点なら合流できますか?」
「何時に待っていればいいですか?」

そう聞かれるようになりました。

正直、最初は心の中で思っていました。

そんなの、走ってみないとわからない。

天気もわからない。
身体の状態もわからない。
休憩の長さもわからない。
信号もある。
補給もある。
どこで遅れるかもわからない。

でも、参加してくださる方がいる以上、できる限りわかりやすくしたい。

そう考えて、最終的には、すべてのルートに予想時間を入れ、地図上に合流ポイントや通過予定を設定することになりました。

これは、想像以上に大変でした。

当初はGPSを見て合流してもらう予定でしたが、最終的には通過予定時刻まで作り込むことになりました。

ただ、やってみると大きな学びがありました。

実際には、平地区間はほぼ計画通りに進むことができました。
山岳区間に関しても、余裕を持って達成できることがわかりました。

もちろん、天候や身体の状態によって変化はあります。
それでも、事前にルートを作り込み、予想時間を出したことで、参加してくださる方も合流しやすくなりました。

そして、結果的にすべての区間で、誰かが参加してくれました。

最初から最後まで、通して一緒に走った人はいません。
けれど、振り返ってみると、ひとりきりの時間はありませんでした。

ある区間では、一緒に走ってくれる人がいる。
ある場所では、応援に来てくれる人がいる。
途中で合流して、数キロだけ一緒に進んでくれる人もいる。
沿道で声をかけてくれる患者さんやリスナーさんもいる。
メッセージで励ましてくれる人もいる。
バイクで応援に来てくれる友人もいる。

気がつけば、妻と2人で進むはずだった道が、たくさんの仲間と進む道になっていました。

長距離を走っていると、体力だけでは進めない瞬間があります。

そんなとき、隣に誰かがいるだけで、進める。
誰かが背伸びをしているのを見て、自分も背伸びをし直したり。
後ろから声をかけてもらうだけで、元気が出たり。眠気が飛んだり。
先で、待っている人がいるとわかっているだけで、前に足が進みます。

7Days飛脚380は、私の挑戦として始まりました。
私自身も連続では、人生最長の距離です。
でも、終わってみると、これは私ひとりのものではありませんでした。

参加してくださった方、応援してくださった方、支えてくださった方。
そのすべての人と一緒につくった、100周年の旅でした。


天候に試された7日間

7Days飛脚380で、想像以上に大変だったことの一つが天候でした。

もちろん、7日間も外を移動するので、どこかで雨に降られることは想定していました。
でも、実際には「ここは大変になりそうだ」と思っていた区間ほど、天候が厳しくなりました。

特に印象に残っているのは、3日目の豊橋から掛川に向かう日です。

この日は、朝からかなりの雨でした。

豊橋から3人で走り始めたのですが、雨はしとしと降るようなものではなく、叩きつけるような雨でした。

3日目、豊橋から掛川へ。やめてもおかしくない雨の中、3人で走り出しました。

靴の中はびっしょり。
ウェアも濡れる。
視界も悪い。
身体も冷えやすい。

それでも、走っている間はまだよかったのです。

走っていると身体は温まります。
靴の中が濡れていても、動いている間はなんとかなる。

問題は、そのあとでした。

雨が上がってから、足裏に少し違和感が出てきました。
靴下を履き替えないまま走り続けたことで、ふやけた皮膚にマメができ始めていたのです。

この小さな違和感が、後半の身体の使い方に少しずつ影響していくことになります。

長距離では、ひとつの小さな判断が、数日後の身体に響いてきます。

靴下を替える。
足を乾かす。
違和感が出た時点で処置をする。

レースでは気をつけていたことでも、疲労感の積み重ねで判断が少し遅れます。
そして、その少しの遅れが、380kmの旅では大きな差になっていきます。

違和感は少し、足首から、すねの前側に上がり、最終的には膝の外側まで気になるようになりました。

もう一つ、忘れられないのが6日目の朝です。

沼津から出発する予定の日。
この日は、台風並みの暴風でした。

ホテルが揺れるほどの風。
電車が止まるほどの風。
外に出るだけでも危険を感じるような朝でした。

予定通りに出発することは難しく、スタートを遅らせる判断をしました。
電車も止まっていたため、動き出すまで待ち、結果的に一部区間は電車でショートカットすることになりました。

これは、ただ距離を短くしたという話ではありません。

予定していた流れが変わると、食事のタイミングも変わります。
補給のリズムも変わります。
身体のスイッチの入り方も変わります。

この日の後半、小田原から平塚に向かう区間で、私は初めてハンガーノックのような状態を経験しました。振り返ると、この日に食べている食事の量が圧倒的に少なかったのです。原因は、山に入り楽しかったこと、スタートが遅れたこと、補給のリズムが狂っており、想定よりもハイペースで走ったことなど、色々重なりました。

本来であれば、長時間走っているので、地面の硬さが嫌になるような感じで足に感じるはずです。
足裏や脚に疲労がたまり、アスファルトの硬さが少しずつ身体に響いてくる。

ところが、その時は違いました。

なぜか、足元がフワフワしたスポンジの上を走っているように感じてきたのです。

「あれ? なんだか楽に感じる」

最初は、そう思いました。

でも、少し走っているうちに、これは良い感覚ではないと気づきました。

本来、硬いはずの地面が柔らかく感じる。
足が軽いというより、身体の感覚が少しズレている。

「これはおかしい」

そう感じて、立ち止まり、すぐにスマホで血糖値を確認しました。

表示された数値は、64

足元がフワフワしたスポンジのように感じ、確認すると血糖値は64まで低下していました。

大幅に低下していました。

感覚として「何かがおかしい」と感じたことが、実際の数値としてもはっきり出ていたのです。

箱根越えそのものは、思っていたより問題ありませんでした。
むしろ登りは順調でした。

ところが、その後の平地区間で、気温が高かったこと、スピードを少し上げすぎたことと、補給のリズムが崩れていたことの影響が一気に出ました。

食べるタイミングが変わる。
補給が少なくなる。
血糖値が下がる。
身体の感覚がズレる。

これも、連続して走ってきた長距離の難しさでした。
若干、自分の体力に関しても、油断していたのかと思います。

そして、天候にまつわる一番の事件は、実は走っている最中ではありませんでした。

もう一つあります。
沼津のホテルに泊まった朝のことです。

あまりにも風の音が激しく、窓のパッキンがきちんと閉まっているのか、サッシがしっかり閉まっているのかが気になりました。

確認しようとしたところ、閉まっているかを見るつもりが、窓が開いてしまったのです。

その瞬間、突風でサッシが持っていかれそうになりました。

手を離せない。
閉めようにも、風が強すぎて閉まらない。
数分間、サッシを押さえたまま動けませんでした。

先に下に降りてもらった、妻に電話をしても出ない。
ホテルに電話しても、外国人対応のアナウンスで、待っていられない。

仕方なく、窓に書いてあった閉め方の説明をスマホで拡大しながら確認し締め方を確認したのち、風が少し弱まるタイミングを見計らって、なんとか閉めることができました。

380kmの中で一番疲れたのは、もしかしたらこの瞬間だったかもしれません。

右腕はパンパンでした。笑

自然の中で動くということは、計画通りにいかないことを受け入れることでもあります。

雨もある。
風もある。
暑さもある。
予定変更もある。
身体の反応も変わる。

でも、だからこそ、身体を使って移動することには学びがあります。

便利な移動手段では感じないこと。
室内にいるだけではわからないこと。
天候と身体と判断が、すべてつながっていること。

7Days飛脚380は、ただ距離を進む旅ではありませんでした。

自然に試され、身体に教えられ、判断を積み重ねながら進む7日間でした。


身体に起きたこと——足裏のマメから、全身の使い方が変わっていく

7Days飛脚380では、身体にもさまざまな変化が起きました。

初日は17km、四日市から桑名まで。思っていた以上に順調でした。
身体も軽く、まだ疲労感も強くありません。

2日目は71km。名古屋から豊橋まで。最後に雨に追いかけられるような形にはなりましたが、走っている間は「まだ大丈夫」と感じていました。

ただ、その日の夜、食事に行くために3階まで階段を上ったとき、足の重さを感じました。

「あれ、思ったより脚にきているな」

そう感じた最初の場面でした。

本格的に身体の流れが変わり始めたのは、3日目66km(豊橋→掛川)の雨です。

豊橋から掛川に向かう日は、大雨でした。
靴の中はびっしょり濡れました。

走っている間は、まだ良かったのです。
身体は動いているので温まりますし、靴の中が濡れていても、なんとか進めます。

ところが、雨が上がったあとから、足裏に違和感が出始めました。

靴下を履き替えないまま走り続けたことで、皮膚がふやけ、足裏にマメができ始めていたのです。

最初は小さな違和感でした。

でも、長距離では、この小さな違和感が後半に大きな影響を出してきます。

マメができる。
そこをかばう。
足の着き方が変わる。
前脛骨筋に負担がかかる。
足首の動きが硬くなる。
股関節の動きまで小さくなる。

この連鎖が、自分の身体の中で起きていくのがわかりました。

4日目51km(掛川→清水)からは、マメができたところにテーピングをしながら走るようになりました。

さらに、前脛骨筋の疲労感も出てきました。
足が地面から離れるときに、すねの前側が明らかに疲れている。

5日目59km(静岡→沼津)になると、その疲労感はさらに強くなりました。

テーピングも、最初はマメを守るため。
次に、前脛骨筋の動きを助けるため。
さらに、足首の固定を考えるため。

足裏の小さな違和感から、足首、すね、股関節へ。身体はつながっていることを実感しました。

毎日、自分の身体を観察しながら、テーピングの仕方を変えていきました。

この経験は、姿勢治療家としても非常に大きな学びでした。
今まで多くの方に施してきたものを、自ら確認する絶好のチャンスとなりました。

普段、臨床で患者さんの身体を見ています。
足首の硬さ。
股関節の動き。
膝の位置。
足の着き方。
身体全体の連動。

それらが大切だと、日々伝えています。

でも今回、それを自分自身の身体で、380kmの中で実感しました。

足首の動きが硬くなると、足だけの問題では終わりません。
股関節の可動パターンまで変わります。
ストライドがより狭くなり、小股になります。
リズムも変わります。

つまり、足裏の小さなマメから、走り全体の使い方が変わっていくのです。

これは、長距離を走る人だけの話ではありません。

日常生活でも同じです。

足の違和感をかばう。
膝が少し内側に入る。
股関節が使いにくくなる。
腰や背中に負担がくる。
気づけば、全身の動きが変わっている。

身体は、部分だけで動いているわけではありません。

足首も、膝も、股関節も、背骨も、呼吸も、すべてつながっています。

だからこそ、姿勢が大切なのです。

今回、改めて感じたのは、背伸びの大切さでした。

疲れてくると、身体は少しずつ縮こまります。
背骨の動きが小さくなり、長時間使っていない身体は体幹の安定性に慣れていなく、骨盤の位置も崩れやすくなります。
すると、膝の位置、足の位置、走るリズムも変わっていきます。

背伸びをする。
背骨を本来の形に戻す。
体幹のスイッチを確認する。

それだけで、身体の使い方が戻り、楽になるのが実感できます。私の場合は、3日目まで骨盤の位置をフォローするためにNaked(ランニングバンド)を使いました。その後安定してきたため、4日目以降は使用しませんでした。

ピッチ180というリズムも、足や腕だけで作るものではありません。
背骨が動いていなければ、そのリズムを安定して続けることはできません。

足を速く動かそうとするのではなく、
身体全体が連動して、自然にリズムが安定している。

そこに、本来の走り方があると感じました。

7Days飛脚380は、私にとって身体の実験でもありました。

足裏のマメから始まった小さな違和感。
そこから全身の使い方が変わっていく過程。
そして、背骨・骨盤・足首・股関節のつながりを、改めて自分の身体で確認できたこと。

これは、今後の臨床にも、ランニング指導にも、必ず生かしていきたい学びです。

詳しい身体の変化やテーピングの工夫については、また別の記事で詳しく書きたいと思います。


忘れられない、3つの景色

7Days飛脚380を振り返ると、忘れられない景色がいくつもあります。

走った距離。
通過した街。
身体に起きた変化。
天候の厳しさ。

どれも記憶に残っています。

その中でも、特に印象に残っている景色が3つあります。

1つ目は、豊橋から3人で走り出した、土砂降りの朝です。

3日目。
豊橋から掛川へ向かう日。

朝から雨は強く、まさに叩きつけるような雨でした。

普通なら、外に出るのもためらうような天気です。
でも、その日は進まなければいけない。

豊橋から、3人で走り始めました。

雨は容赦なく降ってきます。
靴の中はすぐに濡れ、ウェアも重くなる。
視界も悪い。

それでも、3人で前へ進みました。

あの雨の中を走り出した瞬間は、今でもよく覚えています。

やめてもおかしくない雨の強さでした。スタートして間もなく、夜の強風で沿道の木が倒れているほどの被害が出ている状況でした。
3日目に入り、身体も少しずつ重く感じ始めていました。

それでも、心細くはありませんでした。

一人ではなく、隣に飛脚仲間がいたからです。
大雨になるとわかっっていながら、東京から夜行バスで来てくれた仲間もいました。

雨に打たれながらも、同じ方向へ進んでいる人がいる。
それだけで、身体は前へ進んでいきます。

そして、朝5時にもかかわらず、見送りに来てくれた10年来の友人がいました。泳げない時に一緒にトライアスロンに挑戦し、1年間猛特訓した村田さんです。同じTシャツを着て大雨の中来てくれました。

あの応援は、本当に力になりました。

朝5時、大雨の中で見送ってくれた村田さん!その存在が、本当に力になりました。

7Days飛脚380の中でも、あの土砂降りの朝のスタートは、特別な時間として心に残っています。


2つ目は、茶畑の向こうに見えた富士山です。

4日目51km(掛川→静岡)のことでした。

長い距離を走っていると、景色が心を助けてくれる瞬間があります。

疲れている。
足も重い。
身体のどこかに違和感もある。

それでも、ふっと視界が開けたとき、茶畑の向こうに富士山が見えました。

茶畑の向こうに見えた富士山。自分の足でここまで来たことを、身体で感じた瞬間でした。

あの瞬間は、言葉になりませんでした。

今まさに、日本を自分の足で移動している。江戸時代の飛脚と同じ風景を見ているに違いない!!

そんな感覚が、身体の奥から湧いてきました。

車や電車で見える富士山とは違います。
自分の足でここまで進んできたからこそ見える富士山でした。

ただ美しいだけではなく、

「ここまで来たんだ」

と、身体で感じる景色でした。

走るということは、景色との関係も変えるのだと思います。

同じ場所を通っても、車で見る景色と、自分の足で進みながら見る景色は違います。

速度が違う。
呼吸が違う。
足裏の感覚が違う。
疲労の中で見るからこそ、心に深く残る。

茶畑の向こうに見えた富士山は、7Days飛脚380の中で、自分の足で進む意味を感じさせてくれる景色でした。


3つ目は、最後の渋谷・道玄坂で振り返ったときの景色です。

ゴールの東京青山に向かう、最後の区間。

仲間が少しずつ増えていきました。

途中から合流してくれる人。
一緒に走ってくれる人。
応援に来てくれる人。

当日の朝のスタート平塚駅では、5人でした。
その朝、学生時代にバックパッカーとして旅をしていたインドで出会った、すみちゃんがサプライズで応援に来てくれました。本当に驚きましたし、一気に元気になりました。
インドでの話は、またいつかブログにしたいと思います。

サプライズで、横断幕で待っていてくれた溝口。ほんと驚きました!!


溝口のファミマで、サプライズ応援で横断幕で迎えられた時も大感激し、そこで大人数になったのですが、その後渋谷・道玄坂でふと振り返ってカメラを向けたとき、そこには20名以上の真っ赤な集団がいました。

渋谷・道玄坂で振り返った瞬間。赤い飛脚Tシャツの仲間たちが、列になって進んでいました。

赤い飛脚Tシャツを着た仲間たちが、列になって一緒に進んでいる。

その景色を見た瞬間、胸にこみ上げるものがありました。

四日市を出発したときには、ここまでの景色は想像していませんでした。妄想した以上でした。

最初は、妻と2人になる時間もあるだろうと思っていました。
こんな無謀なことに、どれだけの人が付き合ってくれるのかもわかりませんでした。

でも、最後には20名以上の仲間が一緒に走ってくれていました。

人の口から人へ伝わり、
少しずつ仲間が増えていき、
気づけば真っ赤な集団になっていた。

あの道玄坂の景色は、7Days飛脚380が私一人の挑戦ではなかったことを、はっきり見せてくれました。

走ってきたのは、私の足です。
でも、進ませてくれたのは、仲間の力でした。


土砂降りの豊橋。
茶畑の向こうに見えた富士山。
道玄坂の真っ赤な集団。

この3つの景色は、きっとこれからも忘れないと思います。

どの景色にも、身体で進んだからこそ感じられたものがありました。

そして、どの景色にも、人の存在がありました。

一緒に走ってくれる人。
見送ってくれる人。
応援してくれる人。
待っていてくれる人。

7Days飛脚380は、距離を進む旅であると同時に、人とのつながりを感じる旅でもありました。


自分も、姿勢が変わって人生が変わった一人だった

7Days飛脚380を終えて、改めて感じたことがあります。

それは、私自身もまた、
姿勢が変わって、人生が変わった一人だった
ということです。

「姿勢が変わると、人生が変わる。」

この言葉は、私が最初から思いついて掲げた言葉ではありません。

これまで臨床を続ける中で、クライアントさんから何度もいただいてきた言葉でした。

姿勢が変わって、痛みが楽になった。
身体の使い方が変わって、できることが増えた。
動けるようになって、気持ちまで前向きになった。
生活が変わり、仕事への向き合い方も変わった。

そんな声を、何度も聞かせていただきました。

その積み重ねの中で、

「姿勢が変わると、人生が変わる。」

という言葉を、仲野整體東京青山のスローガンとして2009年から掲げるようになりました。

でも今回、380kmを走り終えて、ふと気づいたのです。

これは、クライアントさんだけの話ではなかった。

私自身も、まさにその一人だったのだと。

15年前の自分であれば、初日の桑名に着くだけで疲れ切っていたと思います。

そこから、少しずつ姿勢の実験として積み上げてきました。

マラソン。
ウルトラマラソン。
トライアスロンアイアンマン。
サハラ砂漠のレース。
UTMBの世界への憧れ。
トルデジアンへの憧れ。
そして、TJARの世界への憧れ(未達成)。

ひとつひとつの挑戦は、身体の使い方を見直す実験でもありました。

ひとつひとつは、その時の自分にとって大きな挑戦でした。

でも振り返ってみると、それはすべて、自分の身体の使い方を変えていく過程でもありました。

姿勢を見直す。
身体の使い方を見直す。
動き方を考え、学ぶ。
歩く。
走る。
また失敗する。
また整える。
また挑戦する。

その繰り返しの中で、自分の身体は少しずつ変わっていきました。

そして、身体が変わることで、挑戦する姿勢も変わっていきました。

以前なら「とても無理だ」と思っていたことが、
「やってみたい」に変わる。

「できるかどうかわからない」ことに対して、
準備をすれば近づけると思えるようになる。

自分の身体への信頼が増えると、
人生の選択肢も増えていく。

今回の7Days飛脚380も、その延長線上にありました。

もちろん簡単ではありませんでした。
不安もありました。
痛みもありました。
天候にも試されました。

でも、380kmを終えて思うのは、
これは急にできるようになったことではないということです。

これまで積み上げてきた身体の使い方の歴史が、今回の挑戦を支えてくれました。

姿勢は、見た目だけの問題ではありません。

姿勢とは、自分の身体をどう扱うか。
姿勢とは、自分の可能性とどう向き合うか。
姿勢とは、人生にどう向き合うか。

今回の380kmは、そのことを改めて自分自身に教えてくれました。

クライアントさんからいただいてきた言葉。

「姿勢が変わると、人生が変わる。」

その言葉を、私はずっと届ける側だと思っていました。

でも今回、自分自身もその言葉の中にいたのだと気づきました。

姿勢が変わり、身体の使い方が変わり、挑戦する姿勢が変わり、人生が変わっていく。

7Days飛脚380は、そのことを自分の身体で確かめる旅でもありました。


次の100年へ

今回の7Days飛脚380は、終わってしまえば一つの挑戦だったのかもしれません。

でも、私の中では、単なる思い出では終わっていません。

むしろ、ここからが始まりだと感じています。

100年前、仲野整體は四日市で始まりました。

そこから受け継がれてきたものがあります。
手で身体を見て、身体を整え、日々の暮らしの中で養生を伝えていくこと。

「医者より養生、薬より手当て」

その考え方は、これからの時代にこそ必要になると感じています。

便利になればなるほど、人は動かなくなります。
動かなくても生活できる時代になりました。

でも、人間は本来、歩く動物であり、走る動物です。

動かない生活に慣れすぎると、身体は少しずつ壊れていきます。
痛みや不調は、身体からのサインでもあります。

だからこそ、これからの100年に向けて伝えていきたいことがあります。

もっと歩こう。
もっと動こう。
自分の身体を、自分で使えるようになろう。

速く走る必要はありません。
長く走る必要もありません。
誰かと比べる必要もありません。

まずは、自分の身体を感じること。
自分の足で進むこと。
本来の身体の力を、少しずつ取り戻していくこと。

100年後、走って移動する人、歩いて旅をする人が、当たり前にかっこいいと思われる時代になっていてほしい。

車中心ではなく、人間中心の道へ。
車が通る道ではなく、人が歩く道が整備されている時代へ。
健康のためだけでなく、生き方として身体を使う時代へ。

今回の7Days飛脚380で感じたことを、次の100年につなげていきたいと思っています。

そのために、これからも臨床を続け、発信を続け、身体の使い方の大切さを伝えていきます。

姿勢が変わると、人生が変わる。

この言葉を、次の100年にも残していけるように。


ありがとうございました

最後に、今回の7Days飛脚380に関わってくださったすべての方へ、心から感謝をお伝えします。

一緒に走ってくださった皆さま。
途中で合流してくださった皆さま。
沿道で応援してくださった皆さま。
メッセージを送ってくださった皆さま。

本当にありがとうございました。

妻には、準備段階から本当に支えてもらいました。

この姿で支え続けてくれました。本当にありがとうございました。



デザイン制作、サポート、自転車での伴走、細かな準備。
この7日間は、妻の支えがなければ成立しませんでした。

今まで一緒に働いてくれた方々、そして仲野整體に関わってくれたスタッフの皆さんにも感謝しています。
私が今あるのは、今までのすべてのおかげだと思います。おかげさまで今回もこの挑戦に向かうことができました。

クライアントの皆さまにも、心から感謝しています。
日々の臨床の中でいただいてきた言葉や、身体が変わって人生が変わっていく姿を見せていただいたことが、今回の挑戦の大きな背景にありました。

そして、道中で立ち寄ったお店の方々にも感謝しています。

箱根の旧道を降りてきた畑宿のお店で状況を伝えたところ、
「こちらこそ、何か応援しなければいけないのに」
と言っていただきました。

その言葉が、とても心に残っています。

応援されること。
支えてもらうこと。
人の優しさを受け取ること。

それもまた、今回の旅で学んだ大切なことでした。

4月29日、出発の日は祖父の命日でした。
お墓参りから始まったこの旅は、私にとって、これまで受け継がれてきたものへの感謝の時間でもありました。

先代たちが積み重ねてきた100年。
その上に、今の自分があります。

そのことを、走りながら何度も感じました。

7Days飛脚380は、私一人ではできませんでした。

一緒に走ってくれた人がいた。
応援してくれた人がいた。
待っていてくれた人がいた。
支えてくれた人がいた。

そのすべての力で、青山まで戻ってくることができました。

心から、ありがとうございました。

この経験を、これからの臨床に、発信に、そして仲野整體の次なる100年に、必ずつなげていきます。

走れる大人が当たり前の世界へ!

これから書いていきたいこと

これは、7Days飛脚380の振り返りの最初の1本です。

まだまだ書きたいことがあります。

身体に何が起きていたのか。
足裏のマメから、前脛骨筋、足首、股関節へどう連鎖していったのか。
テーピングをどう工夫したのか。
装備は何が正解で、何が失敗だったのか。
コンビニ補給は機能したのか。
血糖値を測りながら走って、何がわかったのか。
ハンガーノックのとき、身体には何が起きていたのか。
そして、100年後にどんな未来を残したいのか。

これから少しずつ、記録として残していきたいと思います。

どうぞ、続きもお付き合いください。

姿勢治療家®️
仲野孝明


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